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2009年12月02日 (水) | 編集 |
私は、生まれてこの方、「努力をした」という記憶が全くない。

親が、借金を抱えて大変な中でも、塾には行きたいだけ通わせてくれたと言うのに、習字も、ピアノも、全く練習をしない子だった。
ピアノなんて、レッスンを終えて、次のレッスンまで、自宅のピアノを一度もあけないことのほうが普通なくらいだった。

学校の宿題も、しないことが多くて、先生には当然叱られるのだけれど、家に帰ると、宿題があること自体を忘れてしまうような子だった。
中学の担任が母に、「お母さん、三日坊主ならまだいいんです。三日続いたことがありません」と言ったくらい。

定期テストも、テスト用に「勉強」をした記憶がない。
国語・数学・英語は、試験の前日に「教科書を一読」すれば、私の中では「かなり勉強した」と言える部類に入るくらいだった。
一度も教科書を振り返らないことの方が普通だった。

やらなくても、そこそこ出来た。

中学の定期テストは、たいてい一桁の順位。
「勉強しなくてこの順位なんだから、すればすぐに1~2番」と勝手に信じていて、「だから今わざわざ勉強しなくても・・・」と思っていた。
外部テストは範囲が絞れないだけに、絞った範囲の勉強をして定期テストで順位が高い子たちが脱落するので、外部のテストの成績の方が、定期テストよりも良かった。
「受験もようするにそういうことでしょ?」と思って、わざわざ勉強する気はなくなる一方だった。

そして、私のこのスタンスは、高校に行っても変わらない。
「やればできるんだから」と信じ込んでいて、勉強しなかった。
受験の頃になると、暗記が必要な理科と社会が足を引っ張るのだけれど、それでも、なんとかなる気がして、結局受験勉強もしなかった。

 大学に入っても、変わらない。
 会社に入っても、変わらない。
 大学院に入っても、変わらない。。。

 努力しなくても、大学に入った。 超氷河期と言われても、就職活動は楽勝だった。(他大学の)大学院もすんなり入れた。

 でも、
博士課程への進学が出来なかったとき。
資格試験を目指しても、ちっとも成果を上げられなかったとき。

ようやく気づいた。
「努力を(心のどこかで)バカにしてきた結果、いざ努力が必要なときになっても、努力の仕方が分からない」

「目標を設定してクリアした」という経験がなくて、「どう目標を設定すればいいのか」「どうクリアすればいいのか」よく分からない。

 努力の仕方が分かっていれば、目標の設定の仕方が分かっていれば、「いざ、やりたいことを見つけたとき」に自分で頑張ることができるはず。

 でも、小さい頃は、そういうのって親がある程度導かないといけないんじゃないだろうか?
 私にそれができるのか?

 「夢を実現することのできる力」は、「努力することのできる力」だと、今のワタシは思う。

ルルーに一番してあげたいこと。
 「努力のできる子に!」

 どうすれば努力ができるようになるのか・・・今、真剣に考えてます。



 「すごいなー」と尊敬している「努力のできる男 べべ君」の話が、私にはすごく為になりました。
べべ君みたいに、楽しそうに自分で努力できる子になってほしい…。

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